今回取材させていただいた『名古屋眼鏡』は、昭和38年創業以来の眼鏡関連商品の卸業と共に、オリジナル商品の企画販売も手がけ、社員68名で今期売上27億。
業界内でも高いシェアを占め、花粉防止用眼鏡など、自社で企画した商品でも順調に売上を伸ばし続けている。その好調な企業の成長をリードするのが、エネルギッシュな熱いハートを持つ小林成年社長。社員が自ら行動できるプロの組織作りを目指す小林社長に、仕事にかける強い思いをお伺いした。
「武蔵野始めると古い社員辞めますから、絶対に。変化についてこれないです(笑)」と快活におっしゃる、小林成年社長。続けて「だから新卒採用できるんです。それが社長のブレインを育てることにつながり、すごいメリットになるんですよ。」これは武蔵野を始める前から社の改革のために、ご自身でも採用を体験されていらっしゃるからこそ話していただけるひと言だ。
小林社長がサポート企業に参加されたのは、ちょうど10年前。社長就任後、A4版100ページの経営計画書を作ったものの、引き出しにしまったまま。なにをどうしたらいいのかと悩む日々のなかで、日本経営品質賞に興味を持たれたことから、武蔵野を知り、現地見学会後に入会された。
「環境整備を始めたころは、初期の新卒採用者が中堅社員になっていましたから、僕が『やるぞ』ということに、すぐ動いてくれて、抵抗勢力はいませんでした。改革で会社が良くなるということは、実感していたようです。」とおっしゃるが、最初から環境整備が効果的に進むということはさすがに無かったそうだ。
「やはり段階はありました。最初が共同勉強会の改善事例発表に参加した時。次が弊社への現地見学会。この時に間に合わないからと、社員が自発的に休日に全員出社して環境整備に取組んでくれたんです。確か5月2日でゴールデンウイーク中だったんですが、僕も意気に感じて休日出勤手当を全員につけました。」
さらに環境整備を大きく進めるきっかけとなったのが、新入社員の女性が2007年の社長の飲み歩き会で言い放った「小林さんは環境整備をしなくていいんですか?」というひと言。それまで、4階にあったご自身の机の周りを環境整備されていたそうだが、社員にはまったく見えていなかったのだそう。
「その時は『エッ? 僕がやっていること知らないのか。ダメだ、これではダメだ!』と思って、すぐ翌日から素手でトイレ掃除を始めました。もちろん今も会社に居る日は毎朝やってます。内定者に、社長のかばん持ちの時に見せているので、無理だと思った学生は入社しないし、入社後には、こんなはずじゃなかったと言わせませんから。」
こうして全社で環境整備に取組んだ結果、今日では「環境整備は本当に大切なんだ。」「環境整備をやっていて良かった。」と言う社員の方がほとんどなのだそう。
「最初は 0名でしたから。それが、今は本当の意味が自分自身で解ってやってくれるようになってきました。」とおっしゃる小林社長。ただし、環境整備点検での満点は取らせないようにしているそう。
「満点を取ると慢心してしまうので、それを防ぐために、1カ所だけ×をつける場所を見逃さず、厳しくチェックしています。みんなものすごく悔しがりますけどね(笑)。」
さらに環境整備を理解するために、同行する管理職者が講師を務め、点検前に30分間の環境整備の勉強会を必ず実施されている。
「管理職も含めて、解るで終わってるんです。それを『できた』に変えるために、教えるということを体験させるのは、効果てきめんです。もちろん僕がずっと聞いてチェックします。間違ったことを言っていたら他のメンバーのためになりませんからね。」
そして小林社長は、3回の早朝勉強会と今期9冊目となった経営計画書によって、社長の意思と会社の方向性を全員が共有できるよう、教育にも力を入れていらっしゃる。
「早朝勉強会は社長の考えをきちんと伝えていく場です。そして、経営計画書に僕の言いたいことはすべて載っています。小山さんがおっしゃる『経営計画書が教科書だ』という言葉の意味が解ったのは、ここ数年のことですよ。大事なことってだんだん集約されるんです。余計な枝葉を落としていくと、芯が残りますよね。特に基本方針などは、繰り返してやらないとレベルが上がりません。レベルが上がってなにも考えなくても、できるようになれば実力が上がったということです。いいことを繰り返して習慣にした人の勝ちですよ、人生は。」とおっしゃる小林社長。
名古屋眼鏡では、業務のグループを 4、5名ずつの少人数に分けて、リーダーなど管理職になれるチャンスを増やしている。それもまた会社を強くするための方法だ。
「部下と親身になってつき合える人数でグループを作っています。管理職になると仕事は大変ですが、ステージがひとつ上がっておもしろいんですよ。管理職になりたくない社員が多い会社は、管理職に魅力があるようにしていないんでしょうね。管理職にはチャンスがいっぱいあるし、深いことも知れる。知ると不満も減りますよ。そういうことを理解して、仕事で輝いてほしいんです。社会人になったら、いちばん長く時間を費やすのは仕事ですから。そこで輝かなかったら、人生つまらないですよ、絶対。その仕事の場で社員全員が生き生きとして、自分の力を発揮しているという会社にしたいですね。その方向性を決めていくのが社長だし、束ねていくのが幹部であるという組織にしたいなと、常々思っています。」
小林社長が理想とする社員の将来の姿は『レベルの高いプロの集団』。それはスキルの高さではなく、全員が自分で考え自分でできる組織となることだ。
「本当の意味で仲間と切磋琢磨して、厳しく議論もし合える関係であってほしいですね。組織は絶対にチームワークです。個人が勝手にスーパープレイヤーになっても意味が無いんです。弊社では、仲間同士で最高の成果を上げなければいけないというミッションがあります。仕事が楽しくて、仲間も自分も成長していける、結果、成果も上げられるということを知っている、『人間力』の高い組織にしたいんです。そのために、環境整備や経営計画書で僕の思いを伝えています。」
「私は入社3年目で、コールセンターを担当しています。弊社ではコールセンターをすべての社員が一度は経験します。これは、お客様へのロイヤリティも違ってきますし、仕事に関することすべてが、この部署を通りますので、社員が業務を理解することができるからです。入社したばかりの頃は、お客様からのクレームに対して怖いという思いが強かったです。今はクレームに対して誠心誠意お応えし、きちんとフォローしていけば、お客様に解っていただけるんだということを実感しています。採用チームのリーダーも担当していて、小林の近くで仕事をしていましたので、社長の思いを間近で見ることができました。その経験から、自分なりにその思いや考えを伝えられる役割が果たせる人間になれたらいいなと思っています。」
「私は入社16年目ですから、環境整備を始める前の悪いときからいます。当時は日々のクレームは現場で握り潰す、日報はデタラメで今思えばとんでもない状態でした。小林が環境整備を始めても、最初は解りませんよね、小林ひとりがやってる感じで。武蔵野さんへの見学や幹部実践塾へ行くと、やるしかないというふうに変わります。最近は環境整備をきちんとやる人間と手抜きをする人間では、仕事にも差が出るんだということが部下を見ていて解ってくるようになりました。手抜きをする人間は決められたことを守れないなど、仕事にもいい加減さがでてきます。現在13人の部下がいますが、同じ情報で同じ指示をしても差が解っておもしろいですよ。現在、私は営業担当を持たないポジションなんですが、部下の数字を0.1でいいから上げることがミッションなんです。ひとりは0.1でも13人なら1.3増ですよね。それではじめて私のいる意義があるわけです。2倍3倍は絶対できませんが、1.1倍ならできる数字です。それが継続すればすごい成果につながります。環境整備や情報の共有化を使って、戦っていますね、0.1という数字と。この明確なミッションを達成することが、今の私の目標です。」
名古屋眼鏡への入社前は大手のインテリア商社で、自称「落ちこぼれ営業マン」として勤務されていた小林成年社長。当時のバブル景気終盤の頃に、名古屋眼鏡の創業者であるお父様からの「もう帰ってこいよ」のひと言で、1990年に入社された。「当時は売上はものすごく増えているのに、内部は無管理状態で崩壊していました。自己資本比率が5%ですよ。借金が売上の6カ月分あったんですから」。会社は倒産寸前の状態だったそう。その状況から脱却するために、在庫削減やコンピュータを入れなおしてのシステム変更、新卒採用など会社の改革に着手された。
93年に専務、99年に社長に就任。武蔵野を始めたのは2001年から。「小山さんに会ってすぐ全否定されるんですよ僕。サポート企業になって3カ月ぐらいで、まだそんなに話してもいないのに『お前は、デジタルが強すぎる。アナログをもっと鍛えなきゃだめだ』って。もう、見抜かれたって感じですね。当時はアナログがこんなに大事だということが解っていなかったんです。昔は席があって、パソコン2台持っていて、社員とのやり取りはオールメール。会話もしていませんでしたから、社員のことなんて全く解りませんでした」とは、現在の小林社長からはまったく想像できない姿だ。「今は席もありませんし、内線も使ってないです。事が起きている現場へすぐに行ってそこで話しをする。超デジタリアンだった僕が、今はアナログ主義に徹しているんですから。社長になってここは大きく変わった点です。
理系人間が陥りやすいのが、数字で物事を捉えてしまうから、心が解らなくなってしまうということです。心という概念は数字には無いですから、善悪ではなく損得で判断してしまう。論理には心が入らない可能性があります。これは僕自身の体験から解ったことですけど」
小林社長が組織を強くするために取組んでいるのが、改革の継続だ。そのためにビックプロジェクトや課題を社員に割り振って、チャレンジさせているそう。「チャレンジすることは、大変だけどおもしろいということを解って欲しいんです。これは成長するチャンスですから。勉強するおもしろさを知る人を育てることが大事だと思っています。強制や義務でなく、自ら勉強するおもしろさを知れば、自分でどんどんレベルを上げて、次の課題にチャレンジするようになります。仕事も同じですよ。できない結果を見せて下げるより、できる結果を見せて上げていくほうがいいですよ。もちろん社員には義務教育として、①お客様本位②現場にしか事実はない③良いこと、伸びていること、強みを磨く④スピード⑤チームワークというそれぞれの大切さは、しっかり教えます。そのうえで、自分で考えて行動できる人間になってほしいですね。社員は私にとって名古屋眼鏡という素晴らしい会社を作り上げていく同士です。みんながいなかったら実現することはできないですから。会社が良くなることで、各自の人生の幸せの半分は保証します」。
本社愛知県名古屋市中区新栄1-35-19
従業員 68名
資本金 2,700万円
沿革
1963年 名古屋眼鏡創業
1967年 名古屋眼鏡株式会社設立
1976年 中区新栄に新社屋「名古屋眼鏡ビル」新築
1988年 オリジナルカタログ「 The Collection」を創刊
1994年 業界初の代金自動引落しシステムのスタート
1997年 第18回オリンピック冬季大会長野1998オフィシャルサプライヤー取得
2005年 愛知万博サプライセンシー取得・愛・地球博のケース、メガネ拭き製作
2007年 創立40周年記念"感謝祭 "開催
2009年 本社"ロジスティックセンター "を津島配送センターに移設








