潜水艦がようやく浮上

潜水艦がようやく浮上

●題:潜水艦がようやく浮上

経営サポート事業本部 萩原哲英

国分寺支店時代、私の成績は低調でした。家庭用市場の中では、いつも下
から5番目前後。C評価になるほど悪くありませんが、けっして人から褒め
られたりはしないポジションでした。

小山は「やる気」の社員と「いる気」の社員の話をよくします。モチベーシ
ョンが高くて何でも積極的に取り組む「やる気」の社員に対して、会社にい
て毎月のお給料がもらえれば十分と考えるのが「いる気」の社員です。

当時の私は、「いる気」社員の典型例。借金を抱えていた入社当初は「頑張
って働いて返済しよう」と燃えていたのですが、完済した後は目標を見失い、
流されるままに働いていました。

転機になったのは、「営業推進・西」に異動してからです。営業推進・西は、
家庭用市場の新規開拓部隊です。しばらくのちに「営業部西」と名前を変え、
現在は「立川センター」に引き継がれています。

正直、この異動は歓迎していませんでした。

当時の私は、営業嫌いでした。本来、家庭用のルートマンも、お客様に新し
い商品の提案をしたり、他のお客様にサンプルを渡すなどの営業活動を行い
ます。しかし、私は商品の交換にうかがうのみで、追加提案や新規開拓をほ
とんど行いませんでした。

そんな私が営業専門でやっていけるとは到底思えません。やれるところまで
やってみて、ダメだったら辞めようという諦めの境地で異動したことを覚え
ています。

ところが実際に営業をやってみたら、意外に数字がついてきました。

以前は営業活動しなくても商品の配達という仕事がありました。しかし、異
動後は営業が本業です。サボることは許されないので恐る恐るやってみたら、
案外、お客様の反応がよかったのです。

店長の飛山の影響も大きかったと思います。

上司にもさまざまなタイプがいますが、飛山はスパルタ式。目標数字を達成
できないと、部下を容赦なく叱りつけます。叱られ慣れていなかった私にと
って、飛山は“鬼教官”のような存在でした。

営業を終えて事務所に戻っても、部屋の電気がついていたら、私はそのまま
スルーして、もう一度営業に向かいました。電気がついているのは、飛山が
事務所にいる証拠。一日の目標を達成していないまま帰ると叱られるので、
帰るに帰れないのです。まるでテストで0点を取って寄り道をする子どもみ
たいですよね(笑)

飛山の厳しい指導で何より大きかったのは、数字に対する執着心がついたこ
とでしょう。

それまでは「やることはやったのだから、結果がどうなっても仕方がない」
という発想でやっていました。しかし飛山の下で働くうちに、「結果が出な
いのは、自分に間違いがあったり、足りない部分があるからだ」という発想
になって、行動が変わってきたのです。

その結果、成績が上がってきて、徐々に上位に入ることが多くなってきまし
た。これは飛山の指導のおかげです。

おもしろいことに、成績があがると欲が出てきます。それまでは万年平社員
でいいと考えていましたが、「店長になりたいです」とまわりに宣言。新た
な目標もできて、俄然張り切って仕事に取り組むようになりました。

初めて小山から褒められたのも、このころです。

「萩原さんは潜水艦で、ずっと潜ってばかりだったが、異動してようやく水
面に浮かんできた。異動させて本当によかったよ」

グループ懇親会でこのように声を掛けてもらって、本当にうれしかったです。

ところが、上り調子だったのはここまで。調子に乗った私は、大きな挫折を
味わうことになります……。続きは次回に!

次回は“過ぎたるは及ばざるがごとし”
次回もお楽しみに!