事務所で飲み会をしていたら……

事務所で飲み会をしていたら……

●題:事務所で飲み会をしていたら……

経営サポート事業本部 萩原哲英


私は希望通り国分寺支店の配属になり、家庭用市場を担当しました。

仕事は大変でしたが、なんとかついていくことができました。理由は二つあ
ります。

まず一つは、担当するコースが少なかったことです。当時、他の人は1日100
件前後を回っていました。しかし、私は1日40件。他の人の半分以下です。

もう一つは、まわりの人のサポートがあったという点です。私は件数が少な
いわりに、ルートを回るのに時間がかかっていました。1日100件を回る先輩
社員たちは、午後2~3時ごろに終えて会社に戻ってきます。一方、私は1日
40件にもかかわらず、帰社がいつも夕方5時を過ぎていました。

私の担当したコースはお客様が広範囲にいたこと、そして私自身がルート業
務に慣れていなかったことが大きな原因ですが、そのことでお客様にご迷惑
をかけるわけにはいきません。そこで未レンタルが発生しそうなときは、営
業部長だった由井が手伝ってくれました。おかげで残業をほとんどしないで
済んだのです。

二つ目の理由についていうと、私は運が良かったと思います。当時、国分寺
支店はオープンして2年目でした。由井や先輩社員に聞くと、オープン1年目
は残業続きで、とても人の仕事を手伝っているような余裕はなかったとか。
もし私が1年早く入社していたら、まわりのサポートを受けられずに大変な
ことになっていたかもしれません。

ところで、入社してからもしばらく、私がずっと誤解していたことがありま
す。

私が面接を受けたときの求人広告には、「ダスキンムサシノ」という屋号が
載っていました。入社後にもらった名刺にも、その名前が入っています。そ
のため私は、我が社はダスキン事業を専門で行う「ダスキンムサシノ」とい
う会社なのだと思い込んでいました。 

それが勘違いであることに気づいたのは、入社1か月目にあったバスウォッ
チングのときです。

バスウォッチングとは、弊社の各営業所をバスで見て回る社内見学会のこと。
たとえば環境整備で工夫している営業所があれば、それを実際に見て参考に
します。

そのとき見学したのは、ダスキン事業部の他の支店の他、OCS(オフィス
・コーヒー・サービス)事業部、ボイスメール事業部でした。自分はダスキ
ン専門の会社に勤めていると思っていたので、OCSやボイスメール事業部
は他の会社だと思っていました。

「他の会社の見学に行くなんて、勉強熱心ですね」

先輩に感想を告げた途端、「バカ、今日見学したのは、全部うちの会社だぞ」
とツッコミが。それでようやく私は自分の勤め先が「武蔵野」という会社で、
ダスキンの他にもいろいろと事業を手掛けていることを知ったのでした。

言い訳になりますが、国分寺支店が独立していたことも私の勘違いに拍車を
かけたかもしれません。たとえば早朝勉強会は本社で行いますが、国分寺支
店は離れているため、支店内で勉強会に参加できます。国分寺支店は、いわ
ば武蔵野内の離れ小島。他の支店と接点が少なく、よそで何が行われている
のかがわかりにくかったのです。

国分寺支店は他の支店との交流が少なかったですが、そのぶん中の結束は強
固でした。私も入社年次や年齢の近いHや品田と仲が良く、毎晩のように飲
みに行っていました。

今だから言えますが、夜中まで飲んで、三人で二日酔いのまま出勤したこと
もあります。もちろんお酒は抜けていましたが、それでも褒められたことで
はないですよね。

二次会を事務所でやって、大騒ぎになったこともあります。

誰の発案か忘れましたが、お店で飲むより缶ビールを買って飲んだほうが安
いという話になり、三人でつまみとビールを買って事務所で飲むことになり
ました。

しかし、二次会はすぐに中断されました。

事務所はセコムと契約しているため、夜中に誰かが扉を開けて入ると、セコ
ムから会社に緊急連絡が届きます。その仕組みを知らずに飲んでいたら、セ
コムから通報を受けて事務所に確認にきた由井に見つかり、大目玉をくらっ
たのです。

当時は三人とも20代前半。若気の至りで上司の由井にはいろいろ迷惑をかけ
たことも、いまではいい思い出です(由井には苦い思い出かもしれませんが
……)。


次回は“潜水艦がようやく浮上”
次回もお楽しみに!